二人分の重さに、いつもよりマットレスが沈み込む

 「ちょっと覚醒 絢瀬絵里 コスプレ衣装お腹空いちゃって」「何か食べるもの取ってこようか?」「ううん。そこまでは」ちぃちゃんはそう言うけど、バイトの後じゃ疲れてるだろうし。何か口に入れる物は無かったかな。なんとなく手を入れたポケットの中で、包装がくしゃりと音を立てる。指先で探り当てて、ちぃちゃんに手渡した。どうやら中身はチョコレートみたいだ。「いいの?」「うん。下にはいっぱいあるし」部屋に食べる物は置いてないから、ちょうどよかった。ちぃちゃんが包装の端を切ると、薄茶色の四角形が顔を出した。躊躇わずにそのまま口に放り込む。 舌の上で転がしているのか、時折膨らむほっぺたが可愛かった。「言ってなかったけど、泊まっていくから」「えっ?」「明日お休みだし、丁度いいでしょ?」「私はいいけど」ちぃちゃんの事だから、上がって来る時にお母さんには話をしてあるだろうな。出来るだけ身構えないようにして、時計の針を見る。指し示しているのは、高校生が出歩くには随分遅い時間だった。私もベッドに座る。二人分の重さに、いつもよりマットレスが沈み込む。ちぃちゃんがゆっくり、口を開いた。「かのんちゃん、」吸い込んだ息の音が聞こえる距離。私も思わず、息を呑む。「トリックオアトリート」呆気にとられた気持ちと、少し安心した気持ちとが入り交じる。「まだ日付変わってないよ」「でも、かのんちゃんに一番に言いたくて」「そっか、えっと、食べるもの」待って。部屋の中にはお菓子とか置いてなくて、ひとつだけあったチョコレートはちぃちゃんにあげちゃった。カバンの中、たぶん何もないし。頭の中でぐるぐる回る思考を、指を絡め取るするりとした感覚が上書きした。ちぃちゃんの細い指が、私の指をしっかり握っている。緩く食い込む爪は、短く手入れされていた。「かのんちゃん、トリックオアトリートだよ」「ハ、ハロウィンは仮装するものだよ?」「うーん。じゃあ『いい子のちぃちゃん』の覚醒 園田海未 コスプレ衣装仮装ってことで」「そんなのアリ?」「こんな私、かのんちゃんしか知らないよね?」「そうだけど!」「だいたいかのんちゃんがいけないんだよ。私に四角いチョコ渡すから」「それは、」言い訳を重ねるより先に、唇が塞がれて。どろりとした熱と、濃厚な甘味が口いっぱいにひろがる。わざとらしく鳴らされたリップ音と、口腔に残された、滑らかな丸。歯を立てないように確かめると、すっかり角が溶けて丸くなったチョコレートだった。

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