「さーや、情熱、伝わる想い 倉田 ましろ コス衣さーやっ」二人きりの部屋の中、シャーペンがノートを走る音のみが響いているその静寂を破った香澄の声に、私は顔を上げた。今日は私の部屋で一緒に宿題をしていて、香澄も私の向かい側で一生懸命それとにらめっこしてたはずだったんだけど。目の前の彼女は、チョコを纏ったプレッツェルを咥えて、その先端を私に向けてフリフリと動かしていた。ついさっきまで眉根に寄っていたしわは綺麗さっぱりなくなって、期待するみたいなわくわく顔でこっちをじっと見つめてる。「香澄、食べ物で遊ばないの」「んーんー」一応軽くたしなめてみるけど、香澄はヤダヤダと首を左右に振って、こちらにその先端を向け続けてくる。首の動きに合わせて揺れるプレッツェルが何だかちょっと面白い。――これはつまり、そういうことなんだろうなぁ。この仕草から、香澄が求めていることがわからないほど、私も鈍くはない。ただ、その行動を素直にとれるほど無垢でも無知でもないわけで。どうしたものかと頭を悩ませていると。「んー」香澄が早く早くといわんばかりに今度はプレッツェルを盾に揺らして、顔をずいっと寄せてきた。よくみると、その頬にはうっすらと赤みが差していて。そこでようやく、恥ずかしいのは自分だけじゃないってことに気が付く。そうすると、羞恥心を感じながらも私とのそれを期待する彼女が、何だかとても愛おしく思えてきて。「……一回だけだからね」私は一言だけ返すと、こちら側を向いたプレッツェル、そのチョコを纏った先端を、自分の口に迎え入れた。チョコ側を私に向けてくれていたのは、きっと香澄のやさしさなんだろう。ホント優しいなぁ、私のカノジョ。舌先に触れる甘味もより強く感じられるような気がする。ただ、そんな悠長なことを考えている場合ではない光景が、私の眼前には広がっている。プレッツェルの長さはせいぜい10数センチ。お互いが安定してその両端を咥えるとなれば、その長さはより短くなる。つまり、そんな調子近距離に、愛しい愛しい恋人の顔があるというわけで。――ヤバい、これ、思っていた以上に、恥ずかしい。「ふぁーや、いふよ」プレッツェルを咥えたまま、香澄が器用に開戦を告げる。それと同時に、ポリポリと音を立てて、香澄の顔が近づいてくる。次第に大きくなる藤色の瞳に映る私は、頬を赤く染めたまま微動だに出来ない。顔が、唇が、近づく。あと5センチ。4センチ。柔らかくて暖かい、香澄の唇の感触を思い出して、また鼓動が高鳴る。3センチ。2センチ。――パキッ。「あっ」接触を期待した私の体が反射的に傑作完成! 桐ヶ谷 透子 コスプレ衣装跳ねて、乾いた音とともに、私たちを繋いでいた架け橋が折れた。思わず漏れた口惜し気な嘆息は、果たしてどちらのものだったんだろう。「……もー、おっちゃダメだよさーやっ」「え、ご、ごめん」不満げに唇を尖らせる香澄に、つい謝罪の言葉を返す。いやでもよく考えたらこのゲーム、おっちゃった方が負けなんだから、文句を言われる筋合いなくない? ……なんて正論が、言葉になることはない。だって。
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